私が出会った名演

そのほとんどは1975年~1980年、私の学生時代にほぼ重なる。

 秋の試験休みに、バッグに小型テープレコーダを忍ばせて生まれて初めて寄席(新宿末広亭)に入った。東京の繁華街から異空間に迷い込んだようで戸惑っていると、登場したのが林家正蔵(8代目のち彦六)。『権兵衛狸』のマクラで、たまたま降っていた雨にちなんで昔ムジナが人を化かした話は、何とも言えない味わいがあった。その2日後には『穴子でからぬけ』何より与太郎が独特で、心からなぞかけを楽しんでいる様子がうれしく、その後録音をもとに私の得意ネタになった。

 正月の浅草演芸ホールに入った。トリが誰だったか思い出せないが、小三治の『真田小僧』のすっとぼけた面白さ、志ん朝の『豆屋』で「まけろー!」とすごむ男の愛嬌、そして談志の『持参金』のたたみかけるテンポの良さ、夫婦連れの客が「違うねー」と感心していた。

 

笑福亭松鶴(6代目)『らくだ』

 後半、屑屋がらくだの髪の毛をむしりとって坊主頭にし、ヤタケタの熊五郎と2人でまた飲み始めるが、何やら口の中に引っかかるものがある。舌で探ってみると、どうやら今むしった髪の毛らしい。指で引っ張り出していまいましそうに捨てる仕草で、女性の観客から「キャッ」と短い悲鳴が上がった。桃厳寺での玉虫供養落語会。「この会にふさわしいネタやないか」と『近所づきあい』をコッテリと演じてくれて、これまた堪能した。出来不出来の差が大きかった人で、志ん朝との二人会で『牛ほめ』のはずが、10分も経たないうちに『うちほめ』で降りてしまった。

 

桂米朝『算段の平兵衛』

 庄屋の死骸が盆踊りを踊らされるところ。桂枝雀の場合は舌を出したり、動きにも漫画チックな面白さがあったが、米朝はだらりと陰気な表情のまま、無理やり踊らされているという感じがたまらなくおかしかった。

 

市川猿之助(3代目)

 それまで落語に熱中していたが、一度生の歌舞伎を見てみようと御園座へ入ったら、たまたま『南総里見八犬伝』をやっていた。妊婦の腹を裂こうとする化け猫の立ち回りの激しさとたくさんの猫のぬいぐるみを使った派手な演出、鉄砲の音とともに倒れると花道から白塗りの犬飼源八となって走り出る早替わりの鮮やかさに魅了された。四の切などケレン芝居も面白かったけど、サービス満点の立ち回りはちょっとくどかったかな。『鏡獅子』の後シテで登場して、花道の七三から後ろ向きに引っこむときのスピードは、足の運びが目視できないほどだった。

 

片岡仁左衛門(14代目)『伊勢音頭恋寝刃』(福岡貢)

 3階席からは実に美しく見えた。喜助とのやり取りの「なるほど、それもあるなぁ」と言う柔らか味と色気が忘れられない。

 

中村雀右衛門(4代目)『鳴神』(雲絶間姫)

 尾上辰之助との地方公演であったが、それまでのやや控えめな演技という印象とは違って、したたるような色気に圧倒された。

 

中村鴈治郎(2代目)『加賀見山再岩藤』(安田隼人)

 この芝居の中ではたった一回だけの登場、いわゆる「ごちそう」といわれる役なのだろうが、市川猿之助が波布を使った大立ち回りを見せた後、たったひとり河岸からじっと水面を見つめるというだけの役なのだが、今まで沸き返っていた客席がしーんとして引きつけられていた。『心中天網島・河庄』での孫右衛門は、町人が侍に化けているところを強調しすぎているようにも思えたが、覆面を取って「あぁしんど」というあたりや、『封印切』の八右衛門で扇雀(現藤十郎)の忠兵衛を相手に漫才のような喧嘩をするところは実に楽しかった。

 

中村勘三郎(17代目)『天衣粉上野初花』(河内山宗春

 松江邸玄関先の幕切れ。「バカめっ!」とふてぶてしく笑いながら歩き出し、花道にかかって、すうーっと宮家の使僧の顔に戻ってすまして引っこむ鮮やかさに、客席からジワが来た。

 

竹本津大夫(4代目)

 なんといっても圧倒的な語りの迫力がすばらしい。『

』は女性の柔らかみの表現の不足を補って余りあるし、『

』の権四郎など世話場の人情味も胸に迫る。

 

竹本越路大夫(4代目)

 音づかいの巧みさは十八番の『ひらかな盛衰記・神崎揚屋の段

』に発揮されているが、繊細さばかりでなく、『夏祭浪花鑑・三婦内

』なども楽しかった。

 

竹本住大夫(7代目)

 私が浄瑠璃を聞き始めたのはこの人の『義経千本桜・鮨屋

』だった。先代鶴澤燕三の三味線も華やかだったけど、決して美声ではない当時の文字大夫の人物を語り分けるうまさ、人情味、色気に魅了されてしまった。敵役にも愛嬌があったし、チャリ場

も本当にうまかった。

 

茂山千五郎(12代目)

 『武悪』(大名)は他の演目とがらりと変わって幕開きからピリピリとした緊張感が伝わってきたが、清水へ参詣した帰り道、幽霊と聞いたとたんに急におたおたして、冥途の父の話に子どものように泣き出すその落差がすばらしかった。『素襖落』などの酔っ払いは絶品。